◎謹賀新年◎

2019年01月01日 03:18

  ◎謹賀新年◎

みつばち隊の皆様 明けましておめでとうございます。

旧年中は予期せぬ入院に至り、皆様方のお心遣いに深甚の謝意を申し上げます。
(療養中ゆえメールにて失礼致します)

本年は我が国が激動の年になると確信して、
大東亜戦争を意味する「戦前」との言葉が「死語」になる前に、
戦前・戦中・戦後、そして現在まで透徹された昭和天皇の
「開戦の詔書」と「終戦の詔書」を併せて読んでいただき、
我が国の安寧のために役立ていただければ幸いです。

戦後73年を過ぎても、
20世紀歴史学の世界的な泰斗アーノルド・J・トインビー博士が語った
大東亜戦争の「真実」が封印されておりますので、
今一度心に刻んでいただければと切に願っております。
1956年10月28日付の英国『オブザーバー紙』
「第二次世界大戦において、日本人は日本のためというよりも、
 むしろ戦争によって利益を得た国々のために、
 偉大な歴史を残したといわねばならない。
 その国々とは、日本の掲げた短命な理想である大東亜共栄圏に
 含まれていた国々である。
 日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、
 アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、
 過去200年の間考えられていたような『不死の半神』でないことを、
 明らかにした点にある。
 イギリス人もフランス人もアメリカ人も、開戦当初、
 ともかく我々はみな将棋倒しのようにやられてしまった」と、
日本が戦った大東亜戦争が、
戦後、連合国に捏造された「侵略戦争」でなかった事を述べていたのです。

今上陛下が誕生日に平成を振り返って
「戦争がなかった事は良かった」と述べられていましたが、
その文言に違和感を感じた覚醒されていらっしゃる皆様方は、
昭和天皇は決して我が国のことだけを語ることなく、
全世界にむけて人類愛の滲みでた
開戦・終戦の詔書を「無意識」に比較できていたからと思っております。

下記「開戦・終戦の詔書」は原文と現代語訳を添付してあります。
※なお原文の「朕」は、歴代天皇の意思も反映されており、
安易に個人としての「私・余」とするこなく「朕」のママとしました。

※我が国の未来を想像できない無能な政治家は、
移民を認める法案(特定技能第2号)を通したことは万死にあたいしますので、
昭和天皇の『終戦の証書』の
「よろしく国を挙げて一家となり皆で子孫をつなぎ、固く神州日本の不滅を信じ、
 担う使命は重く進む道程の遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、
 道義を大切に志操堅固にして、日本の光栄なる真髄を発揚し、
 世界の進歩発展に後れぬよう心に期すべし。
 汝ら臣民よ、朕が真意をよく汲み全身全霊で受け止めよ」を、
噛みしめて勉強してください。

【大東亜戦争 開戦ノ詔書】(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)『原文』
《 天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ
 昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス 朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス
 朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ
 勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ
 征戰ノ目的ヲ 達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ
 抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顕ナル
 皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ
 列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ 樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ
 國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英両國ト釁端ヲ開クニ至ル
 洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ
 帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ 東亞ノ平和ヲ攪亂シ
 遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ
 國民政府更新スルアリ 帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ
 重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ
 相鬩クヲ悛メス米英両國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ
 平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ 逞ウセムトス剰ヘ
 與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戰シ
 更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル 妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ
 帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ朕ハ政府ヲシテ事態ヲ
 平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隠忍久シキニ彌リタルモ
 彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ
 此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ増大シ以テ我ヲ屈従セシメムトス
 斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル
 帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ
 瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲 蹶然起ツテ一切ノ
 障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ
 朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ 遺業ヲ恢弘シ
 速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス
                            
                           御名 御璽  昭和一六年一二月八日》

◆現代語訳
〈天佑を保有し萬世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、
 忠実で勇武なる汝有衆に示す。 朕はここに米国及び英国に対して宣戦を布告する。
 朕が陸海軍将兵は全力を奮って交戦に従事し、
 朕がすべての政府関係者はつとめに励んで職務を奉行し、
 朕が臣民は各々その本分を尽し、 億兆一心国家の総力を挙げて
 征戦の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。
 そもそも東亜の安定を確保し、以て世界の平和に寄与するは、
 丕顕なる皇祖考丕承なる皇考の作述せる遠猷にして、
 朕が常に心がけている事である。
 そして、列国との交流を篤くし、万国共栄の喜びをともにすることは、
 帝国の外交の要としているところである。
 今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。
 まことにやむをえない事態となった。
 このような事態は、朕が本意ではない。
 中華民国政府は、 以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに事を構へて、
 東亜の平和を撹乱し、ついに帝国をして武器をとらせる事態にいたらしめ、
 ここに四年有余を経たり。幸いに国民政府更新するあり、
 帝国はこの政府と善隣の誼を結び相提携するに至れるも、
 重慶に残存する政権は、米英の庇護を当てにし、兄弟尚未だ南京政府と、
 相互のせめぎあう姿勢を改めない。
 米英両国は、残存政権を支援して東亜の混乱を助長し、平和の美名にかくれて、
 東洋制覇の非望をたくましくしている。 あまつさえ、くみする国々を誘い、
 帝国の周辺において、軍備を増強して我に挑戦し、
 更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与へ、遂に経済断行を敢てし、
 帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
 朕は政府をして事態を平和の裡に回復せしめんとし、隠忍してきたが、
 米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、
 その間にも益々経済上軍事上の脅威を増大し続け、
 それによって我が国を屈服させようとしている。
 このような事態がこのまま続けば、東亜の安定に関する帝国積年の努力は、
 ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。
 ことここに至っては、 帝国は今や自存自衛の為、決然と立上がり、
 一切の障害を破砕する外なきなり。
 皇祖皇宗の神霊をいただき、朕は、汝ら臣民の忠誠と武勇を信頼し、
 祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東亜永遠の平和を確立し、
 それによって帝国の光栄の保全を期すものである〉


【大東亜戦争 終戦ノ詔書】『原文』
《朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ
 時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク 
 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
 抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ
 皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所 
 曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亞ノ安定トヲ
 庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
 然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ
 励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ
 好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス 
 加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ
 惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル
 而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ
 人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ
 皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ
 共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
 朕ハ帝国ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ
 遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ
 職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ
 五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ
 朕ノ深ク軫念スル所ナリ
 惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 
 然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ
 万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
 朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ
 常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ
 或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ
 信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク
 挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ
 道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ
 国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
 爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ  

                         御名 御璽 昭和二十年八月十四日》

◆現代語訳
〈朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、
 非常の措置をもって時局を収拾しようと思い、ここに忠良なる汝ら臣民に告ぐ。
 朕は帝国政府をして、米英支ソに対し、
 そのポツダム宣言を受諾する旨を通告させたのである。
 そもそも帝国臣民の安寧を図り、万国が共存共栄して楽しみを共にすることは、
 天照大御神、神武天皇はじめ歴代天皇が遺された範であり朕は常々心掛けている。
 先に米英二国に宣戦した理由もまた、
 実に帝国の自存と東亜の安定とを希求したものであって、
 他国の主権を否定して領土を侵すようなことはもとより朕の志にあらず。
 しかるに交戦すでに四年を経ており、朕が陸海将兵の勇戦、朕が官僚官吏の精勤、
 朕が一億国民の奉公、それぞれ最善をつくしたのにもかかわらず、
 戦局はかならずしも好転せず世界の大勢もまた我に有利ではない。
 そればかりか、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、多くの罪なき民を殺傷しており、
 惨害どこまで及ぶかは、実に測り知れない事態となった。
 しかもなお交戦を続けるというのか。それは我が民族の滅亡をきたすのみならず、
 ひいては人類の文明をも破滅させるはずである。
 そうなってしまえば朕はどのようにして一億国民の子孫を保ち、
 皇祖皇宗の神霊に詫びるのか。
 これが帝国政府をして、ポツダム宣言を受諾させるに至ったゆえんである。
 朕は帝国と共に終始一貫して東亜の解放に協力した同盟国に対し、
 遺憾の意を表明せざるを得ない。帝国臣民には戦陣に散り、職場に殉じ、
 戦災に倒れた者及びの遺族に想いを致せば、
 それだけで五臓六腑は引き裂かれんばかりである。
 且つまた戦傷を負い、戦災を被り、家も仕事も失ってしまった者へ
 どう手を差し伸べるかに至っては、朕が深く心痛むところである。
 思慮するに、帝国が今後受けなくてならない苦痛は当然のこと尋常ではない。
 汝ら臣民の真情も、朕はそれをよく知っている。
 しかしながら、朕は時勢のおもむくところに従い、堪えがたきを堪え、
 忍びがたきを忍び、子々孫々のために、太平を拓くことを願う。
 朕は今、国として日本を護持することができ、忠良な汝ら臣民と共にいる。
 もし感情の激するままみだりに事を起こし、あるいは同胞を陥れて互いに時局を乱し、
 ために大道を踏み誤り、世界に対し信義を失うことは、朕が最も戒めるところである。
 よろしく国を挙げて一家となり皆で子孫をつなぎ、固く神州日本の不滅を信じ、
 担う使命は重く進む道程の遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、
 道義を大切に志操堅固にして、日本の光栄なる真髄を発揚し、
 世界の進歩発展に後れぬよう心に期すべし。
 汝ら臣民よ、朕が真意をよく汲み全身全霊で受け止めよ〉


◆近現代史研究家・ジャーナリスト水間政憲(勉強会等のテキストに利用される方はご自由に!)