〇《長崎は「今日」も反日だった!?》

2018年05月13日 08:20

〇《長崎は「今日」も反日だった!?》


■いま(5月13日)長崎市で講演をするため滞在中です。

昨日、主催者の方に
長崎市内の公共の場所に設置されている「反日記念碑」を案内していただきました。

朝鮮人や中国人の原爆慰霊碑等の解説文を読んで、唖然茫然となりました。

それらを見た第一印象は、ここまで露骨な嘘を碑文に記載されても
我慢している長崎市民は「優しいなぁ~」と思った次第です。

朝鮮人原爆追悼碑には、直接慰霊と関係ない
「植民地政策で土地を奪い」朝鮮人を搾取したなどと、
虚偽を延々と記した解説文を目にして、吐き気をもよおしました。

『ひと目でわかる「日韓併合」時代の真実』と
『朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実 韓国が主張する「七奪」は日本の「七恩」だった 』、
『ひと目でわかる「慰安婦問題」の真実』を読了されていらっしゃる皆様方は、
すべて御承知の通り、一次資料(証拠)でそれら碑文の嘘は歴然となっておりますが、
まだまだ一般化してないことが残念でなりません。

日本統治時代の朝鮮半島は、
日韓併合前の保護国時代から終戦まで税金を注ぎ込んでいたのであり、
「搾取」ではなく「持ちだし」していたのが真実なのです。

唯一持ちだしできなかった年は、
昭和8年に「東日本大地震」と同規模の地震が東北地方を襲い、
内地から税金を持ち出す余裕がなかった、
その一年以外常に「税金を持ち出して」いたのです。

また、農耕地に関しては、約2倍に増やし、
原始時代さながら山地を移動しながら「焼畑農業」をしていた「火田民」には、
朝鮮総督府が干拓した土地を優先的に与えたり、朝鮮人に優しい施策を実施して、
火田民によって禿山にされた山々には、
朝鮮総督府が植林をして緑の山々を取り戻していたのです。

また、日本統治時代に朝鮮人の人口は約2倍に増えたことは、
朝鮮人に子供を育て上げる余裕がでていた証拠にしなります。
それまでの朝鮮半島では、食糧が困窮する春先に
「人肉」が食べられた事件を報道した東亜日報の記事も現存しています。

ちなみに、朝鮮半島に電車が走ったのは、
北海道より38年も早かったことが、すべてを物語っているのです。

これから機会があれば、
証拠に基づく歴史の語り部として全国行脚できればと思っております。









※【「1937南京」歴史戦完結】映画製作支援版画に御協力いただける方は、
詳細を水間条項国益最前線ブログの冒頭で確認してください。
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-2710.html










◆【近現代史研究家・ジャーナリスト水間政憲】


◆【動画】【ニコニコチャンネル 水間条項国益最前線】(毎週1回)
http://ch.nicovideo.jp/mizumajyoukou

◆「歴史戦ポストカード(日英対訳)」を使用して国内外に発送される方で
注文・宛先等は【オフィス存ホームページ(水間政憲のホームページ)】を
検索して見てください。
http://officezon.net


◆水間政憲ブログ【水間条項】(無断転載禁止)
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/




転載は禁止ですが記事自体はツイッターやフェイスブックによる拡散をお願い致します。
各記事最下部にあるボタンをクリックすることで簡単に拡散可能です。