「花子とアン」のこれから

2014年05月07日 12:57

●《「花子とアン」のこれから》


■NHKの朝ドラ「花子とアン」を視聴していて、花子の親友が大正時代の歌人・白蓮とわかり、花子より白蓮の恋多き流転の今後が、どのように描かれるのか興味あります。

白蓮の本名は、柳原子(やなぎわらあきこ)であり、叔母の柳原愛子は、大正天皇の生母であり、父親は柳原前光伯爵、実母は前光の妾だった柳橋芸妓の奥津りょうだった。


今日(5月6日)、あきこ(白蓮)は、離婚して幽閉を兼ねた先の東洋英和女学校の寄宿舎で、実兄から柳原家のため、九州の炭鉱王との再婚を懇願された場面で終わったが、けっきょく家の為、再婚することになったのです。結婚式は1911年(明治44年)、日比谷大神宮で行われ、披露宴は帝国ホテルで行われていたので、シナリオ通り花子が白蓮の親友だったら、絢爛豪華な披露宴会場に花子が招かれたシーンが放映されるはずですので楽しみです。
また、同年に初めて白蓮のペンネームで『心の花』(6月号)に和歌を投稿していました。


実際、白蓮は炭鉱王の伊藤伝右衛門と離婚し、孫文を支援した宮崎滔天の長男の宮崎龍介と1923年に再々婚をしたのであるが、当時は姦通罪があったので世間を騒がせ「白蓮事件」と話題になった。


朝ドラに白蓮の名前がでて驚きましたが、村岡花子より白蓮の生涯を描いたら、戦前戦後の昭和史が浮かび上がります。戦前、宮崎龍介は近衛首相の密使として中国へ行ったり、戦後は白蓮を帯同して国賓(宮崎滔天の遺族)として招かれています。


近代国家中国は、日本の支援なしに存在できなかったことを、習近平は知らない馬鹿なのです。胡錦濤は、それらを知っていたからこそ日比谷松本楼に福田首相を招待していたのです。松本楼は、現在の貨幣価値で数兆円も孫文を支援した梅谷庄吉が行っていた事業の一部門だったのです。


白蓮は大正三美人と称された麗人だったので、世間の注目を浴びていた。白蓮の実母は、明治維新が無ければ、没落することもなく、歴史に名前が刻まれている日米和親条約をワシントンで調印した外国奉行新見正興豊前守の三女だったので、柳原伯爵より格上の侯爵に名前を連ねていたでしょう。



※ジャーナリスト水間政憲;インターネットだけ転載フリー〈条件・全文掲載〉http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/