《ホルムズ海峡封鎖が現実に!》

2012年12月29日 22:17

《ホルムズ海峡封鎖が現実に!》


■イラン海軍が、ホルムズ海峡で軍事演習を再開しました。



この海峡で軍事衝突する可能性は、1000年に一回の巨大地震が起きる確率より高いことは説明すれば、小学生でも簡単に理解できることですが、大人でそれを理解できない馬鹿者がたくさんいます。

この問題に関して、「やまと新聞」の動画で述べましたので、そろそろアップされているはずです。


闇雲に「原発ゼロ」を叫んでいる輩は、単なる馬鹿でなくカルト集団と見ればわかりやすいでしょう。

今回の総選挙は、カルト集団に鉄槌が下され、嘉田「未来の党」は、外国人参政権や夫婦別姓を強力に推進していた元社民党の阿部知子衆議院議員だけの「党」になりました。そして、皮算用していた政党助成金は、政党助成金を掠めるプロの小沢一郎一派の懐にすべて入ることが決まりました。

その結果、未来の党は政党要件を満たすことができず、単なる政治団体になってしまいました。権力指向が露骨に顔にでていた嘉田代表の夢は、あえなく潰えたのです。


来年2月と3月は、中韓との歴史認識が最終決戦になると思っています。


中韓は、国家そのものがパクリ詐欺集団の集合体ですので、日本人がああだこうだと常識的な議論を闘わせても答えは出ません。

その答えは、130年前に福澤諭吉が出していました。それは、民主主義を理解できない中韓と交流をしないことが国益になることを解いた「脱亜論」で述べています。

福澤諭吉は、論語漢籍を学び理解していて、中国や韓国を徹底的に分析した結果の判断だったのです。


そもそも福澤諭吉は、幕府の遣米遣欧使節団に随行した開明派であり、明治政府が開明派との誤解が、いまだに常識になっていることが我が国の不幸です。幕府は、薩摩長州より15年先に維新を進めていたのであり、幕府での明治政権が実現していれば、「脱亜論」が推進され、日韓併合などする必要がなかったのです。

薩摩と長州が開国を決断したのは、薩英戦争(1863年)や下関戦争で長州が2回(1863、64年)、英国、フランス、オランダ、アメリカにボコボコにされた後なのであり、明治政府派が遅れて開国を決断したことは歴然としているのですが、この辺の歴史認識が、明治政府連合藩の意向通りに書き換えられて現在に至っています。




※ ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/
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